大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)174号 判決

原告

小池好幸

右訴訟代理人弁護士

武山信良

被告

株式会社パピルス

右代表者代表取締役

堀正利

右訴訟代理人弁護士

水島正明

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二〇三万〇七五〇円及びこれに対する平成三年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文第一、二項と同旨

2  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  主位的

(一) 原告は、平成二年一〇月一八日、被告との間で、賃金月額金二〇万円、交通費及び接待費を支給するとの条件でコンピューターシステムのマニュアル作成の営業活動等を行うことを職務内容とする雇用契約を締結した。

(二) 原告は、平成三年三月一日から同年九月三〇日まで被告の社員として稼働した。

(三) ところが、被告は、原告に対し、同年三月一日から同年九月三〇日までの間の賃金七か月分合計一四〇万円を支払わない。

2  予備的

(一) 原告は、平成二年一〇月一八日、被告との間で、報酬月額金二〇万円、交通費及び接待費を支給するとの条件でコンピューターシステムのマニュアル作成の営業活動等を行うことを内容とする業務委託契約を締結した。

(二) 原告は、平成三年三月一日から同年九月三〇日まで右(一)の契約に基づく義務を履行した。

(三) ところが、被告は、原告に対し、同年三月一日から同年九月三〇日までの間の報酬七か月分合計一四〇万円を支払わない。

3  また、被告は、原告に対し、同年三月一日から同年九月三〇日までの間、原告が立替支出した交通費及び接待費合計六三万〇七五〇円を支払わない。交通費及び接待費の内訳は次のとおりである。

(一) 交通費 金四七万五〇〇〇円

(1) 新幹線宇都宮駅・東京駅間の往復料金

一往復当たり金八〇二〇円の五三往復分 金四二万五〇六〇円

(2) 宇都宮駅停留所・岡本台病院前停留所間の往復バス料金

一往復当たり金八二〇円の五三往復分金四万三四六〇円

(3) タクシー料金

乗車五回分 金六四八〇円

(二) 接待費 別紙内訳書(略)のとおり 金一五万五七五〇円

4  よって、原告は、被告に対し、主位的に雇用契約、予備的に業務委託契約に基づき金二〇三万〇七五〇円及びこれに対する弁済期経過後である平成三年一〇月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)の事実は否認する。被告は、平成二年一〇月一八日、原告との間で、月額二〇万円、交通費等の営業活動の実費を支給するとの条件で、コンピューターシステムのマニュアル作成の営業活動等を行うことを内容とする契約を締結したが、この契約は、原告が被告の業務上の指揮・命令に従属的に服することを内容とする雇用契約ではなく、被告から独立した立場で被告のために仲介営業活動等を行うことを内容とする業務委託契約である。また、契約内容のうち、接待費の支払特約は否認する。

(二)  同1(二)の事実は否認する。

(三)  同1(三)の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実のうち、接待費の支払特約は否認し、その余は概ね認める。

(二)  同2(二)の事実は否認する。

(三)  同2(三)の事実は認める。

3  同3の事実は否認する。

三  抗弁(平成三年二月下旬頃の合意解除)

平成三年二月下旬頃、原告の宇都宮の実家が火事で全焼しその再建に従事するため従前のような形態では仕事が続けられない旨の原告の申出があったので、被告代表者は、原告に対し、同年二月末日限りで本件雇用契約又は業務委託契約を終了する旨を申し入れ、原告もこれを承諾した。

四  抗弁に対する認否

原告の実家が火事になったことは認めるが、その余の事実は否認する。原告は、被告主張の申出をしたことはない。かえって、原告は、被告代表者に対し、宇都宮から通っても仕事を継続する旨を申し出ているのであり、平成三年三月七日には被告代表者と会って、仕事は従来通り行う旨契約継続の意思を明確に伝えた。また、原告・被告間の本件雇用契約又は業務委託契約を合意解除したのは、同年九月三〇日のことである。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

理由

一  請求原因1(主位的)及び2(予備的)について

1  請求原因1(一)(雇用契約の締結)及び2(一)(業務委託契約の締結)の各事実のうち、成立に争いのない(証拠略)、原告本人尋問の結果により成立の認められる(証拠略)、原告及び被告代表者本人尋問の各結果、弁論の全趣旨によれば、被告が、コンピューターマニュアルの企画に関する業務等を目的とする株式会社であること、原告が、平成二年一〇月一八日、被告との間で、月額金二〇万円並びに交通費及び営業活動の実費を支給するとの条件で、コンピューターシステムのマニュアル作成の営業活動等を行うことを内容とする契約(以下「本件契約」という。)を締結したことが認められる。

2  そこで、本件契約が、雇用契約であるか、業務委託契約であるかについて判断する。

成立に争いがない(証拠略)、原告及び被告代表者本人尋問の各結果によれば、平成二年一〇月から平成三年二月まで毎月二〇万円(ただし、平成一〇月分は一〇万円)の定額が給与名目で支払われていたこと、被告代表者が、平成三年一一月一五日、原告から被告と原告との関係について問われて、原告が被告の社員であるとの趣旨のことを述べたことが認められるが、本件契約が雇用契約であるか否かは、その名目及び当事者の認識如何にかかわらず、実態としての支配従属関係の有無によって決せられるところ、(証拠略)の結果により成立が認められる(証拠略)、原告及び被告代表者本人尋問の各結果、弁論の全趣旨によれば、原告は、株式会社レマック総合研究所、株式会社パシフィック総合研究所を経て、平成元年一月以降フリーとなった業務用オフコンのテクニカルライターであるが、その一方でソフトウエアの会社である有限会社天山に取締役としての籍を置いていたこと、原告は、平成二年九月一六日の朝日新聞に掲載された被告会社のパソコンライターの求人広告を見て応募し、同年一〇月一日被告代表者の採用面接を受けたが、被告は、右の求人広告による正社員の採用については、原告とは別の応募者を採用したこと、原告は、右採用面接の際、今まで制作した製品の一部と付き合いのあったメーカーの人の名刺を持参し、被告代表者に対し、メーカーとの人脈があり自らの人脈を利用してメーカーとの橋渡しができる旨を説明したところ、被告代表者は、右の話しに興味を持ち、同月一八日の再面接を経て、原告との間で本件契約を締結したこと、本件契約上、原告が行う業務は、メーカーから直接にコンピューターシステムのマニュアル作成の契約受注を継続的に受け得る体制をつくるための営業活動及び契約が成立した場合における制作実務及び進行管理等に一応限定され、契約の企画制作及び進行管理等に携わった場合には、月額二〇万円の報酬に加えて、受注額に応じた報酬の支払約束があったこと、原告は、右業務の必要に応じて出勤を要するものとされ、時間管理の拘束を受けていなかったうえ、被告から具体的な指示・命令を受けない自由な立場で営業活動を行っていたこと、原告の希望により、原告に支払われた給与名目の金員から健康保険、厚生年金、雇用保険等の社会保険料及び地方税の各控除が行われず、所得税の源泉徴収についても、主たる給与等でない源泉税率表乙欄の税率が適用され、被告が主たる就業先でない扱いがされていたこと、したがって、右のような立場にあった原告は、被告からも被告以外の他の仕事に従事することが許容されていたとみることができることなどが認められ、以上の事実によれば、被告と原告との間に支配従属関係があるとはいえないから、本件契約は、被告のためにコンピューターシステムのマニュアル作成等の仕事の仲介営業活動等を行うことを内容とする業務委託契約であると認めるのが相当である。

成立に争いのない(証拠略)、原告及び被告代表者本人尋問の各結果によれば、被告は、原告が業務統括部長の肩書を用いることを容認していたことが認められるが、被告代表者本人尋問の結果によれば、被告においては右の地位は実際上存在せず、被告代表者が原告に被告業務統括部長の肩書を用いるのを認めたのは、営業活動を推進する上での便宜を図るためであることが認められるから、右事実は、前記判断を覆すには足りない。

以上によれば、原告は、平成二年一〇月一八日、被告との間で、報酬月額金二〇万円並びに交通費等の営業活動の実費を支給するとの条件で、コンピューターシステムのマニュアル作成の仲介営業活動等を行うことを内容とする業務委託契約を締結したことが認められる。

二  抗弁(平成三年二月下旬頃の合意解除)について

1  被告は、平成三年二月下旬頃、原告の宇都宮の実家が焼失し、原告がその再建のために都内から通えなくなった機会に本件契約を合意解除したと主張し、被告代表者本人はこれに沿う供述、すなわち、「原告から、原告の実家が火事になり、『実家の後片付けがあり、東京にいられない状況なので今までの形は続けられない。』との申出があり、被告代表者は、『二月末日限りで今までの形態を終わらせて、落ち着いて何らかの形で協力関係が再びできるなら、そのときは相談して決めましょう。』と述べた。」との供述をするのに対し、原告本人は、これと反対趣旨の供述をするので、両供述の信用性の優劣について判断する。

2  原告及び被告(証拠略)の各結果、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は、業務用オフコンのテクニカルライターであるが、株式会社レマック総合研究所、株式会社パシフィック総合研究所を経て、平成元年一月フリーとなった。その後、原告は、ソフトウエアの会社である有限会社天山に取締役として籍を置きながら、平成二年一〇月一八日、被告会社との間で本件業務委託契約を締結した。原告は、右以降これまで培った自らの人脈を利用して、コンピューターシステムのマニュアル作成の契約受注のための営業活動を行ってきたが、平成三年二月までの間に、契約受注の具体的な実績はなかった。

(二)  原告は、杉並区高円寺南に居住していたが、平成三年二月二七日、被告代表者に対し、宇都宮の実家(住居と会計事務所)が同月二四日に火事で全焼したため、会計事務所の再建がある程度片づくまでは宇都宮から東京へ通うことになるが、仕事の方は予定通り行う旨の報告書を提出し、その後の同年三月七日には被告代表者に会い、仕事は従来通り行う旨の報告をした。

(三)  原告は、平成三年二月まで振替伝票により交通費等の経費の請求をしているのに、同年三月以降は振替伝票による経費の請求を一度もしなかった。なお、原告が高円寺から被告に通う通勤交通費は、一往復四二〇円であったが、宇都宮から新幹線で通うとなると、その交通費は一往復八〇二〇円である。

(四)  原告が平成三年三月五日にタイムカードを押したのを最後に、原告のタイムカードが引き上げられたにもかかわらず、原告は、被告代表者にタイムカードが置かれなくなった理由を問うなどの行動をとらなかった。また、原告は、同年三月から月額二〇万円の報酬の支払を受けていないが、被告代表者に対し、報酬の支払を一度も請求していない。なお、当時、被告において、社員に対する賃金の支払遅滞及び不払はなかった。

(五)  原告は、平成三年三月以降も従前から取り組んでいた株式会社神奈川電気、財団法人全国浄化槽団体連合会等に対する営業活動を継続し、同年四月二四日、被告のために三菱電気株式会社官公部官公第二課から産業廃棄物情報管理システム提案書作成の仕事を受注し、右提案書の制作実務作業に従事した。原告は、同年五月から六月にかけて、右作業のため頻繁に被告に出社した。原告と被告は、右の報酬を契約代金五〇万円のうち二〇万円とすることで合意したが、原告は、被告に対し、再三にわたり右報酬の支払日を確認し、同年九月三〇日の支払予定日に被告からの振込がなかったときも、その日のうちに電話で支払を督促し、同年一〇月一日振込送金により右報酬を受領した。

3  右事実に照らして考えてみると、原告が平成三年二月まで契約受注の具体的な実績をあげなかったことから、被告が、原告との間で、同年三月以降も宇都宮から新幹線で通う高額な交通費を負担してまで従前と同様の契約関係を維持したとは考え難いこと、被告の経営状態の悪化を理由とする他の社員に対する賃金の支払遅滞や不払の事実もないのに、平成三年三月以降月額二〇万円の報酬が支払われず、タイムカードも置かれなくなるなど、被告の原告に対する扱いが明らかに変化したにもかかわらず、原告が対応措置を何も講じていないのは、右扱いを是認していたとみることができること、原告が、産業廃棄物情報管理システム提案書作成の仕事に関する報酬については、被告に対し、再三にわたり支払日を確認し、支払予定日に振込がなかったときには直ちに支払の督促している一方で、本件業務委託契約に基づく月額二〇万円の報酬の支払を一度も請求していないのは、本件業務委託契約が合意解除されたことによるものと考えるのが合理的であること、原告は、平成三年三月以降も提案書の制作実務作業等のために頻繁に被告に出社していたのであるから、交通費等の実費を請求する機会が度々あったのにもかかわらず、平成三年三月以降振替伝票による交通費等の実費の請求を一度もしなかったこと等の諸事情が存し、これらを総合すれば、前記被告代表者本人の供述は、原告本人のそれよりも信用性において優り、これによれば、原告と被告は、平成三年二月下旬頃、原告の宇都宮の実家が焼失し、原告がその後片付けのため都内から通えなくなったことの(ママ)機会に、本件業務委託契約を合意解除したものと認められる。右の諸点にかんがみれば、原告本人の反対趣旨の供述は、被告代表者本人の供述と対比して、信用性に乏しいといわなければならない。

4  なお、前記認定した事実によれば、原告は、平成三年二月二七日、被告代表者に対し、仕事は予定通り行う旨の報告書を提出し、同年三月七日には被告代表者と会って、仕事は従来通り行う旨の報告をしたこと、原告は、平成三年三月以降も従前からの神奈川電気、財団法人全国浄化槽団体連合会等に対する営業活動を継続して行ったことが認められるが、被告代表者が供述するとおり、本件業務委託契約が解消された後も原告・被告間の関係が直ちに断絶されたわけではなく、原告が従前からの営業活動を継続し、被告に取引を仲介するという形での協力関係がなお維持されていたとみるならば、右の事実は、従前の業務委託契約が継続していたことを裏付けるものとはなり得ない。また、被告が原告の営業活動により三菱電気株式会社官公部第二課から受注した産業廃棄物情報管理システム提案書作成の仕事も右の協力関係の結実とみることができるから、前記認定を妨げるものではない。

そして、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、被告の抗弁事実(平成三年二月下旬頃の合意解除)が認められるから、その余の点について判断するまでもなく、平成三年三月以降の報酬、交通費及び接待費の支払を求める原告の請求は理由がない。

三  以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用については、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本宗一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例